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2007年6月 4日 (月)

実稚恵のPf演奏会・紘子のBee丸かじり

小山実稚恵の世界第3回
“ピアノで綴るロマンの旅”
オーチャードホール(6/2)
 年に2回で12年、全24回公演。その演目をスタート前に全曲すべてリストアップし公表して始めた、前代未聞のシリーズだ。その3回目を、3階の文字通り天井桟敷できいた。(ほんとに天井に手が届くの、御存知だろうか)
 それは、ピアノといわれている楽器が、ほんとはピアノフォルテだということを思い出させてくれる、まさに、目から鱗の2時間だった。
 ピアノは、正しくはピアノフォルテという。チェンバロなどそれまでの鍵盤楽器は音の強弱がほとんど無く、表現の幅が限られていた。それを大改造して、ピアノからフォルテまで、ダイナミックレンジを格段に広げたのが、言い得て妙のピアノフォルテなのだ。
 ピアニッシモを超えるピアピアニッシモの囁きが、2000人の大ホールの隅々にいきわたる、子供の情景(シューマン)。はたまたホール中に壮大な鐘のねが渦巻く、展覧会の絵(ムソルグスキー)のフィナーレ。そのダイナミックレンジたるや、鳴りっぱなしの騒々しいオーケストラなど及びもつかない。それは正に、指揮者なしで見事な演奏をしてのけた優れた楽団そのものだった。

中村紘子のベートーヴェン
ピアノ協奏曲 全曲演奏会

東京文化会館(6/3) 
「あまり細かいこと気にしないで。なにしろ“ベートーヴェンの丸かじり”なのだから、時にはスジ肉を噛み切らなければならないようなこともあるのだし、、、」と、彼女が云ったわけではないが、しなやかな都響をバックに、淡々と第1番、2番を弾いた。
 一晩にベートーヴェンを一人で全曲、という演奏会は、これまで、岩城さんの全交響曲に始まり、昨暮の弦楽四重奏曲全6曲、先月のチェロ・ソナタ全5曲を聞いてきた。
 今回のコンチェルト全5曲の体験は、直前のチェロ・ソナタ(Vc小澤洋介)に通ずるものがあった。チェロ・ソナタでよく知られているのは3番で、私も馴染んでいるのはこの曲だけ。だが、1番と2番を聞いてから聴く3番、特に4番と5番は、その前の3曲を聴いてからだと、この最後の2曲にベートーヴェンが託した願いが聞こえてくるのだ。
 協奏曲も、「運命」と同じハ短調の3番は、聴力をほとんど失ったベートーヴェンの内なる響きが噴き出し、これこそベートーヴェンと思えてくる。そして、その後に聞く4番と5番は、ただその曲を聴くのとは、大違いなのだ。4番のピアノが奏でる静かな出だしに、数年前に聞いた、ブレンデルの演奏が蘇ってきた。ラトルが束ねるウィーン・フィルの来日公演だったが、この時の演奏は、ベートーヴェンが意図したこの曲に全く過不足がない、音量の大小や、テンポの揺らぎなど、奏者の存在が全く気にならない。正にベートーヴェンを直に聞いているかのような錯覚に陥ったのだった。
 それに対して、この日の中村さんは、自らの気のむくまま。彼女の天性が私達に伝わってくる演奏だった。それが好みでない人は困ったかもしれないが、ここで初めてブラボーが連発されたところを見ると、ほとんどの聴衆が感動したことは間違いない。最後の「皇帝」も然り。あの、地球上でもっとも静かな第2楽章で、会場全体が息を詰めたように静まりかえったのだった。
 二日続けて名演奏に出会ってしまうと、こちらも耳が肥えてしまって、今後出向くピアノの公演、足が鈍りそう。

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