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2007年10月31日 (水)

漆原啓子ヴァイオリン・リサイタル

デビュー25周年記念 全6回コンサート 最終回
11/27(火)pm7:00071127

Hakuju Hall

 とうとう最終回が来てしまった。毎回、これまでの演奏活動で彼女が出会ったゲストと共に進めてきたシリーズ、今回の共演者は、何と4人と1団体だ。
 今回は、バッハの無伴奏パルティータ2番から始まり、次いで、ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲ニ短調。オーボエの広田智之は、昨春、都響の首席に就任、ほぼ毎月彼の音色を聴いてきたが、以来、確かに‘都響は変わった’。オーボエは‘第2のコンマス’といわれるそうだが、これはホントだった。「彼に出演して頂くのならこの曲と決めていた」と漆原さん。
 後半は、ヴィヴァルディの<四季>。彼女のソロで全曲聴くのは初めてだ。「いつものアンサンブル仲間、N響首席のチェロ藤森亮一とコントラバス吉田秀の下支えに、チェンバロ曽根麻矢子の美しい色付け、それに若い人たちの輝かしいエネルギー、、、こんなに贅沢な響きの中で弾かせて頂けるのは本当に幸せだと思っています」
 数年前、その門下生の演奏会のリハーサルに立ち合う機会があった。あのいつも穏やかな漆原さんが、けっこう厳しい表情で、短いひと言を発するのだった。門下生室内合奏団の端正なアンサンブルも楽しみだ。(でも、もう完売とか! )
 そう、この原稿は、前回の共演者、小林道夫との「J.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ全集」を聴きながら書いていました。今、3番が終わったところだが、2枚目に換えず、最初に戻して1番をまた聴いている。白いキャンバスの裏側から滲み出てくるようなヴィオリンの登場は、何度きいてもシビレルのだ。
http://www.japanarts.co.jp/
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岡田博美 ピアノリサイタル

ふらんすplus 2007
Hiromi Okada Piano Recital

11/16(金)pm7:00
東京文化会館小ホール071121pf

 ロンドン在住の岡田博美との最初の出会いは、都響のチラシだった。もう10数年前のことだが、“誰もが逃げ回るような超難曲とされる現代音楽も、彼が弾けば、そうとは知らずに楽しむことが出来る。彼はそうした超絶技巧の持ち主だ”という。そのふれ込みは、ホントだった。どこが難しいのか、そればかりに気を取られているうちに終わってしまった。が、以後、私の現代曲アレルギーが消えた。
 それから都合つく限り聴かせてもらっている。リサイタルもだが、数年前の東京文化会館のニューイヤーコンサートでベートーヴェンの<皇帝>を弾いたときなど、音楽仲間が10人ほどつきあってくれた。
 今回のリサイタルも、フランス作曲家の作品を中心にしたプログラムだが、「ふらんすPlus」がミソ。ベートーヴェンで始まり、サン=サーンスとシャブリエなのだ。
 主催者から届いたウリを以下に。
 サン=サーンスとシャブリエは、共にロマン派から印象派への過渡期に活躍した作曲家だが、二人の置かれていた立場は大きく異なっている。今回のプログラムでは、ドイツとフランス、またサン=サーンスとシャブリエの音楽のコントラストを楽しむと共に、古典派から印象派へのフランス音楽の流れを自然に感じることができるでしょう。
 というわけで、“一石?鳥”なのである。
 公演の詳細と彼のプロフィールは、下記のURLでご覧いただくとして、コメントを二つ。
“彼はすべてを習得しているので、私が演奏について言うべきことはない”(ダニエル・バレンボイム)
“彼は真のアーティストになる才能と能力のすべてを持ち合わせている”(アニー・フィッシャー)
http://www.camerata.co.jp/J/concert/f_OKADA.html 
http://www.camerata.co.jp/J/profile/Hiromi_Okada.html
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2007年10月19日 (金)

イェルク・デムス&原田陽

デュオ リサイタル2007
*至福の瞬間を皆様とともに*
11/17(土)pm7:00
071117
王子ホール

 12月に新しいオーケストラザ・ウェルテンパード・オーケストラを立ち上げると聞き、そのコンサートマスターとしてお会いした原田陽(あきら)。1982年東京生まれというから、まだ25歳だ。一方の巨匠デムスは、28年生まれで今年79歳だから、孫みたいなものだ。どうした御縁だろうと思う。
「今から5年前、東京で誕生日パーティーのサロンコンサートが行われたとき、たまたまヴァイオリンをもっていて、飛び入りで弾くことになった」
 これが御縁で、翌年にはザルツブルクと東京でリサイタルを催すことになったという。原田は、かのデムスが共演しようという逸材だったのだ。
 91年イタリアのプレミオ・モーツァルト・コンクールに招待され最年少優勝賞を受賞。94年から3年間N.Y.のジュリアード音楽院、99年の17歳のとき当時最年少でパリ国立高等音楽院大学院課程に合格。デムスに会うのはその3年後。その後、デムスとは毎年リサイタルを開いている。
 デムスは、ウィーン近郊で生まれ、40年から6年間ウィーン国立アカデミーで学ぶが、在学中の14歳のときウィーン楽友協会でコンサートデビューを果たしている。その後師事したピアニストは、エドウィン・フィッシャー、イーヴ・ナット、ギーゼキング、ケンプ、ミケランジェリと、いずれも戦後のLPレコード初期の巨匠たちだ。
 デムスは、グルダ、パウル=スコダと共に、ウィーンの三羽ガラスとして君臨した。それもさることながら、シュワルツコップやアメリンク、フィッシャー=ディスカウら世界的名歌手たちの伴奏者として知られている。原田は、「デムスが歌手との共演で会得した歌心を伝授してくれる、得難い師匠」なのだという。
 今回のプログラムは、チラシにあるように、シューベルト、シューマン、ブラームス。ウィーン・ロマン派、御三家をたっぷり楽しめるわけだ。
http://www.little-ch.com/
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2007年10月18日 (木)

キエフ国立フィルハーモニー交響楽団

チャイコフスキー・スペクタクル
11/9(金)pm7:00
すみだトリフォニーホール
071109

 チラシに小さな文字で「イタリア奇想曲」とあるのを、見つけ、お小遣いの乏しい10代の頃、すり減るほど聴いた廉価版のLPレコードを思い出しました。これまで、演奏会で聴けたのは1回だけ。ナマでは滅多に聴けない演目です。
 それまで、少々暗い、小難しいと思い込んでいたチャイコフスキーのイメージが、この曲で一変したのです。地中海にふりそそぐ陽射しが、燦々と光り輝く、南国イタリア。北国から訪ねてきた彼の思いを勝手に追想したものです。メインディッシュは交響曲第6番「悲愴」なのですが、この「イタリア奇想曲」一曲だけで、買いです。
 「キエフ」といえば、カメラファンならコンタックスのデッドコピーを思い出す、工業都市。モスクワ、サンクトペテルブルクに次ぐ、旧ソ連の大都市。が、その歴史は、スラヴ民族発祥の地、ウクライナ共和国の首都として北の大地に重鎮を占める。肥沃な大地は、土の恵みと人生を彩る数々の「うた」を生み、驚くべき音楽の系譜が、また、多くの輝かしい芸術家を生んできた・・・以下は、ウクライナに骨を埋めるべく、キエフ国立大学で教授の職にある平湯拓氏の蘊蓄をお借りした。
 父をウクライナ人に持ったピョートル・イリイチ・チャイコフスキーは、度々故郷へ帰って作曲にいそしみ、「白鳥の湖」、「アンダンテ・カンタービレ」等、名旋律の数々が着想されている。<中略>
 ウクライナの近代音楽運動は、音楽院院長に赴任したモーツァルトの息子、フランツ・クサヴァー・モーツァルトによって興隆の道を辿り、近年は、古都キエフの象徴ともいえるウラディミール・ホロヴィッツを始め、ミッシャ・エルマン、ナタン・ミルシテイン、ダヴィッド・オイストラフ、レオニード・コーガン、スヴャトスラフ・リヒテル、エミール・ギレリス等、ヨーロッパ音楽の領袖たちを輩出、同国移民まで範囲を求めれば、レナード・バーンスタインその人こそ、憂愁の大地、ウクライナの血をもっとも深く感じさせる存在だ。<中略>
 わたくしは、ドイツとロシアにおける学究生活を経て、キエフへ赴任、当地を終の棲家と決めて13年となる。全盛期のヘルベルト・フォン・カラヤンとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を親しく見聞した者として、ニコライ・ジャジューラとキエフ国立フィルハーモニー交響楽団は、スラヴ音楽の領域において、同じ高みに登りつめていると思う。
 平湯氏の弁もさることながら、この楽団の2005年の来日公演、チャイコフスキー「交響曲&ピアノ協奏曲全曲連続演奏会」で、その実力を知ることとなった。
http://www.nikkyo.jp/ticket/20071109.html
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ザグレブ弦楽四重奏団&ザラフィアンツ

円熟の美演 そして、
またしても『ひばり』!

11/10(土)pm2:00
東京文化会館小ホール 071110


 二つの話を書かなければならない。
 一つはハイドンの<ひばり>。「11/4、初めてナマで聴く機会を得た」と書いたばかりだ。一方、ザラフィアンツに師事すべく、クロアチアのザグレブ国立音楽院へ留学、という若いピアニスト安達朋博のリサイタルも書いた。その師匠ザラフィアンツと共演する、この弦楽四重奏団が<ひばり>も弾くというのだから、お知らせしないわけにはいかない。
 エフゲニー・ザラフィアンツは、1959年、ロシア共和国の中部ノヴォシビルスクで音楽一家に生まれる。6歳からピアノを父に学び、8歳からはモスクワ音楽院附属中央音楽学校、75年にはグネーシン音楽学校に進学、79年にはオルスク音楽院を首席で卒業する。80年ゴーリキーのグリンカ音楽院に再入学、85年に首席で卒業し同年の全ロシア・コンクールで第3位入賞した。広く知られるようになったのは, 93年ポゴレリッチ国際コンクール(アメリカ・カリフォルニア州パサディナ)で第2位となって以降のこと。以来、ドイツを中心に演奏活動を行っている。日本では、リサイタルのほか2004年にはロシア・フィルハーモニー交響楽団(アレクサンドル・ヴェデルニコフ指揮)とチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番を協演し絶賛を博した。
 レコーディングも活発に行っており、日本ではALMレコード(コジマ録音)から多くのCDをリリースし、いずれも高い評価を得ている。
 05年よりザグレブ国立音楽院講師に就任し後進の指導にもあたっているが、ここへ先の安達青年が押しかけたのだ。ザラフィアンツの聴衆の魂を揺さぶる精神性の高い演奏は、毎回大きな感動を与え、熱烈なファンを増やし続けている。
 今回は、シューマンとブラームスのピアノ五重奏曲を弾く。
 共演するザグレブ弦楽四重奏団は、1919年の結成とルーツを辿ると何と90年近い歴史がある。第二次大戦を挟んで活動が中断。54年から再開し以来メンバーは5世代にもわたり多くの才能豊かな演奏家が活動に貢献しているという。
 現在のメンバーは、いずれもザグレブ音楽アカデミーで学んでおり、共演したりコンサートマスターを務めたりと、ザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団で繋がっている仲間だという。
http://www.musikleben.co.jp/artist/details/zagreb_zara.html
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2007年10月14日 (日)

安達朋博デビュー・リサイタル

クロアチアからの逆輸入ピアニスト
11/15(木)pm7:00
よこはまみなとみらい
小ホール071115

 1983年京都生まれ。普通高校を卒業後、クロアチアはイストリア半島に移住し、日本の音楽教育機関では学ばなかった彼だが、美しい山々に抱かれ、紺碧のアドリア海を見下ろす生活環境からインスピレーションを得て生まれる音は、自由な創意に満ち、新鮮・斬新である。かつて日本人にはなかった感性を宿す新しいタイプのピアニスト。
 こんな情報が飛び込んできたが、続く、「現在、注目されているピアニストの一人、エフゲニー・ザラフィアンツ氏の下で研鑽を積み」のひと言で、聞きに行こうと決めた。愛聴しているベートーヴェン「月光」がザラフィアンツの演奏だったからだ。
 安達は既に8/11、郷里に近い大阪でデビューしているが、「透明で想いの深さを感じさせる音色」、「丹念な音の積み重ねの中から定型を突き破るエネルギー」、「激しさと叙情を憧れに満ちた音色で巧みに構成した演奏」(「音楽の友」10月号)などと、若干24歳のピアニストとは思えない賛辞が寄せられている。
 経歴をつけ加えるのなら、8歳よりピアノを始め、尾瀬洋子・吉田真理子の各氏に師事。16歳から小島早苗氏の指導の下で本格的に音楽の基礎を学び、京都府立網野高等学校2年在学中に、第3回堺国際ピアノコンクール高校の部で第3位入賞を果たす。2002年3月に高校を卒業後、同年5月に単身、クロアチアへ渡る。
 プログラムは、大阪公演と同じで、以下の通り。
バッハ:トッカータ ハ短調 BWV911
ベートーベン:ピアノソナタ第31番 作品110
スクリャービン:ピアノソナタ第5番 作品53
ペヤチェヴィッチ:2つの間奏曲 作品38
パラッチ:Dance of the Baroness
リスト:ピアノソナタ ロ短調 S.178
*彼のインタビューと演奏を下記のURLでほんのちょっと聞くことができます。
http://www.for-artist.com/others/movies.html
*ザグレブ弦楽四重奏団との共演でドヴォルザーク/ピアノ五重奏曲(11/2・東京文化会館)も予定されている。
http://www.planet-y.co.jp/concert/index.html
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2007年10月13日 (土)

堀江真理子 デビュー25周年記念
1900年 (ひら)かれた日本のピアノ曲

11/7(水)pm7:00
日本大学カザルスホール071107_2

 日本人が作曲したピアノ独奏曲は1900年、滝廉太郎の「メヌエット」が初めてとされている。その後わずか100年余りの間に多種多彩なピアノ作品が誕生し、ピアノの家庭普及率は世界一となり、全国各地で高いレベルのピアノ教育が行われ、夥しい数のコンサートが開催されている。日本楽器の創始者、山葉寅楠による国産ピアノ第1号機の製造も同じ年だという。
 「現代の日本のピアノ音楽界の端緒は、まさにこの1900年に啓(ひら)かれたのです」という堀江真理子さんが、その1900年という年の前後に誕生した9人の作曲家のピアノ独奏曲、17曲を演奏する。彼女曰く、
「これらの作品には、各々の作曲家が留学しあるいは手本としたドイツ、フランス音楽からの影響、西洋音楽黎明期の日本の文化習熟度と、明治~昭和初期の時代背景などが色濃く感じられます。近代日本のクラシック音楽の扉を大きく開く担い手となった作曲家たちが、その当時学び取った西洋音楽技法を自身の感性を込めて描いたピアノ作品の演奏を通して、日本のピアノ音楽、ひいては日本のクラシック音楽の原点を辿りたいと思います」
 それぞれは小曲かもしれないが、曲想は各人各様なのだから、9人の思いを一夜で披露するのは、並大抵のことではない。
 こんな大役をかってでた堀江真理子って、、、たしかフォーレのスペシャリストではなかったかしら? CDのプロフィールによると、東京生まれ、1969年、中学在学中にプラハ国際コンクール室内楽二重奏部門で第1位。東京芸術大学在学中、パリ国立高等音楽院に留学し、大学院課程を修了。1978年、ジュネーヴ国際コンクールで3位(1位無し)を受賞。フランス各地でソリスト、室内楽奏者として活躍。この間、ブローニュ・シュール・メール国立音楽院教授を務める。1982年、東京でデビュー。1993~95年、8回シリーズで「フォーレ・ピアノ曲・室内楽曲全曲演奏会」をプロデュースし、大きな反響を呼ぶ。また、1997年フランスの弦楽奏者たちと堀江真理子六重奏団を結成。以後、日本とフランスで定期的なコンサート活動を展開している、とある。
 その彼女にしても、この催しは、半端じゃない。公演1ヵ月後に控えて、チョッと思いを語ってもらった。
 この催しは9人の作曲家たちの個性があまりに強く、それぞれの作曲家たちとのつきあいに苦労しています。みんな、はじめは穏やかに語りかけてくるのですが、適当に相槌を打っていると、すぐ機嫌が悪くなり、私から譜面を取り上げようとするのでたまりません。真剣勝負の毎日です。とにかく緊張感の強いられる音楽ですが、彼らの情熱に心打たれます。それに、近頃はだいぶ打ち解けて話せるようになってきました。
http://www.musikleben.co.jp/artist/details/horie_25.html
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2007年10月11日 (木)

ライプツィヒ弦楽四重奏団で聴く 『ひばり』    & 『アメリカ』 『死と乙女』

贅沢の限りを尽くした名曲プログラム
11/4(日)pm2:00 071104
トッパンホール

 お小遣いが乏しかった10代の頃、初めて買った弦楽四重奏曲が、ハイドンの<ひばり>と<日の出>のLPレコードだった。その月はこれしかないから、それこそ毎日かける。今でいうミミタコ状態だった。
 なのに、これまで、この2曲を生の演奏で聴いたことがない。この10年ほど、年間200公演ほど聴いているのにである。知り合いの弦楽器奏者に聴くと、「やりたくないな~。難しいんだよ」と、ヴァイオリンさんもチェロさんも口を揃えたように云う。
 <ひばり>をかけると部屋の中をヒバリが飛び交い、周りを見渡してしまうほどだし、<日の出>では陽が昇る光景が目に浮かぶ。臨場感溢れるエンタテイメントで、「聴いてると、つい、ルン、ルン、ルンと、鼻歌が出るほど、なんだけどな~」、、、どうやら聴くのと演奏するのでは大違いのようだ。
 その、<ひばり>、この11月にとうとう聴く機会が訪れた。40数年ぶり、ナマでは初めて聴く。しかも、来年、設立20周年を迎える定評の楽団だ。
 1988年結成。メンバーのうち3人は、世界最古のシンフォニー・オーケストラである名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者だったが、5年後にはゲヴァントハウス管を離れて、カルテットに専念。以来、世界の40カ国以上で演奏し、精緻なアンサンブルと正統的で明晰な解釈が絶賛される現代屈指のエキサイティングなカルテットと、高く評価されている。これが公式サイトのウリだ。
 同じ管弦楽団にいたというだけでなく、彼らは4人ともフェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ音楽院で学び、ヴァイオリン2人とチェロの3人は、あのボッセ教授に室内楽を学んでいる。個々のプロフィールは、下記のHPでご覧いただくとして、2年前、ピアノ五重奏で共演した菊池洋子のコメントをほんのひと言。
「・・・自分の個性や感覚を前に出した演奏ではなく、音楽を忠実に深く読んで演奏していく・・・これ以外の弾き方はないと思われるほど説得力があり・・・演奏が終わってから現実の世界に戻ってくるまで時間がかかった」
 ドヴァオルザークの<アメリカ>とシューベルトの<死と乙女>が、エンタメであることは、今さら云うまでもないだろう。 
http://www.kajimotomusic.com/artist_jap/leipziger_sq.html#
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2007年10月 5日 (金)

ジャスタ東京チェンバー オーケストラ

JASTA TOKYO CHAMBER ORCHESTRA
10/14(日)pm7:00

東京文化会館
小ホール071014_2

 バッハ、レスピーギ、コレルリと、演目に惹かれてチラシを手にした。「ジャスタてなんだ?」 と、チラシのウラ面を見たが、「日本弦楽指導者協会(通称JASTA)」とあるだけ。そのHPを見て、やっと“Japan String Teachers Association”の頭文字とわかった。
 協会の有志が1990年に創設した室内オーケストラで、メンバーは指揮者、コンサートマスターも含めて、ヴァイオリン教室の先生から音大教授まで、みなヴァイオリンの先生たちだ。
 指揮の西田博は、東京芸大大学院の修了で、師事した師匠の名に海野義雄、シュナイダーハン、シェリングなどと、LPレコード時代の巨匠らの名が連なっている。
 バッハとコレルリで、西田と共にソロを弾く島津恵も東京芸大卒だが、在学中にヴィエニアフスキ国際ヴァイオリンコンクールに入賞し早くから注目された。
 今回の聴きどころは、この二人の“魅惑のコラボレーション”だという。蘊蓄の一部を引いてみよう。
・・・鋭い感性、一本の弦の響きにまで神経を注ぎ、曲の持つ本来の美しさを最大限に引き出す曲作りで定評のある西田。その音に魂を込めるということに信念を持ち、優しく伸びやかな音と、卓越した表現力に高い評価を持つ島根。この二人のこだわりの音が、今回のふたつの演目で融合する。融合とは、二つが作用し合い、今までにない新しい何かが生まれることだ。<中略>二つの旋律が絡み合いながら、時には一つになり、また離れ・・・そして、その戯れを見守るようにテュッティの調べが優しく包む。
http://www.jasta.gr.jp/
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2007年10月 1日 (月)

下野企画の読売日響 第464回定期

下野竜也プロデュース・ヒンデミットⅠ
10/22(月)pm7:00071022
サントリーホール

 下野竜也は、私にとって因縁の指揮者だ。2001年ブザンソン国際青年指揮者コンクールで優勝して急に注目されたが、その前年、東京国際コンクール<指揮>で優勝している。このコンクールにつき合ったのが、今は亡き新星日本交響楽団。翌01年3月末の受賞記念コンサートもこの楽団だった。実は、この年4月に東京フィルハーモニー管弦楽団に吸収されることが決まっていて、この彼のこの受賞記念公演が新星日響の最後の演奏会となったのだ。当時、私は賛助会の末席に名を連ねていたので、忘れられない出来事だ。
 さらに、昨秋、下野は読売日響の正指揮者に就任したが、その就任の記者会見が、このブログ“Music a la Carte”の最初の配信記事なのだ。因縁としか云いようがない。
 その彼も正指揮者就任、はや1年。温めていた企画その1が、今回の公演だ。既にコリヤーノ、シュニトケなど、あまり知られていない曲を意欲的に取り上げているが、今回は、20世紀前半のドイツを代表するヒンデミットとシュレーカーに加えて、読売日響45周年記念委嘱の細川俊夫「オーケストラのための<ダンス・イマージュ>」を世界初演する。
 ヒンデミット、シュレーカーと共に、どうやら今回のテーマは“舞曲”のようだ。交響曲 <画家マティス>も、元はオペラだったが、初演がナチスに禁止されたため交響曲に改編、1934年フルトヴェングラーによって初演されたという。この初演も大成功でナチスが激怒し、ベルリン音楽大学教授の職を解任したという曰わくつきだ。ヒンデミットで思い出すのは、学生時代のグリークラブで歌わされた小品。私の現代音楽の初体験だった。
 シュレーカーのバレエ組曲もナチスに‘退廃音楽’の烙印を押されたが、R.シュトラウスと列ぶ後期ロマン派の代表作だという。(以上「読売日響・月刊オーケストラ9月」参照)
 細川は、これまでにもダンスの曲が数曲あるが、いずれも日本の‘舞’をテーマにしていた。今回の<ダンス・イマジンネール>は、「西洋の新しいダンスを生み出している人たちによって、実際に振り付けされて舞われることも可能な音楽」だという。
http://yomikyo.yomiuri.co.jp/season/2007/subscription.htm
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岸本 力 バス・リサイタル

ロシア・ロマンスの愛と祈り
チャイコフスキー,ラフマニノフの歌曲を集めて
10/28(日)pm2:00071028bas
東京文化会館
小ホール

 縁あってラフマニノフの『晩祷』などというアカペラ合唱曲の希有な大曲を知り、その全曲演奏会(10/19・東京カテドラル聖マリア大聖堂)をお知らせすることになり、加えて、その東京トロイカ合唱団の『近代ロシア聖歌集』なるCDを聞くに至って、ペレストロイカで開花したロシア歌曲に、遅まきながら目を向けることになった。
 表題の催しなど、つい半年前の私だったら見過ごしていたことだろう。バス歌手の岸本力氏は二期会の「駅伝コンサート」実現に際し尽力され、ご挨拶させていただいたが、ご自分は一曲だけと控えめで、その時は、その実力のほどを知るまでに至らなかった。
 東京芸大の大学院修了後、イタリア・オーストリアに留学し、1977年ローマ・サンタ・チェチーリア・アカデミーを終了。第41回日本音楽コンクール第1位、第5回チャイコフスキー国際コンクール最優秀歌唱賞などで、注目を集めた。テノールばかりに注目が集まるクラシック界だが、<魔笛>のザラストロ、<フィガロの結婚>のバルトロ、<コシ・ファン・トゥッテ>のアルフォンソ、<ドン・カルロ>のフィリッポ2世などなど、主役級はほとんどこなしてきている。
 日本のバス歌手のパイオニアとして活躍してきた声楽界の重鎮。大物なのに腰が低く、彼の歌う重厚な役柄からは、およそかけ離れたフレンドリーなお人柄で、‘駅伝’では、後輩の世話に汗をかいておられた。
 先ほど‘遅まきながら’と申し上げたが、彼のリサイタルは何と今回が21回目なのだ。そのメッセージの一部を紹介しよう。
「チャイコフスキーとラフマニノフは、ロシア・ロマン派の両雄で、彼らに共通するのは、愛の葛藤から生まれた作品、それに反体制から生まれた祈りへの憧れです。今回は森山太氏の朗読と共に、村上弦一郎氏のピアノとの共演で、ロシア歌曲の魅力を、少しでも楽しんでいただければ幸いです」
http://www.nikikai.net/concert/20071028.html
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