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2009年3月25日 (水)

続・ピアノ誕生300年
でも、何故、誕生が1709年なのだろう?
日本演奏連盟第21回クラシック フェスティバル
5/8(金)pm6:30090508
東京文化会館
大ホール

 バルトロメオ・ディ・クリストフォリ(1655~1731)は1687年、イタリアのコジモ3世の息子、フェルディナンド王子のお抱え楽器製作者となった。熱心な楽器愛好者だった王子は、クリストフォリに仕事場を与えて、チェンバロの改良に専念させ、クリストフォリもそれに報いようと努力した。その結果、ついに「クラビチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」を創り上げた。これはピアノ(弱音)もフォルテ(強音)も弾ける大型チェンバロで、この長い名前を略したのが、「ピアノ」という呼び方になった。
 弦を弾く鍵盤楽器チェンバロは音の強弱を表現することが出来なかった。クリストフォリはそれを実現した訳だが、やはり、それにはキッカケがあったはずだ。創作の動機となったのは何か?
 箱型の共鳴体に張られた多数の金属製の弦を、ばちで打って演奏するダルシマーという楽器の存在だ。大型のチターだと思えばよいだろう。金属製の弦を打って音を出す点や、音色の類似性からこちらを「ピアノの先祖」と呼ぶこともある。(Wikipedia)
 さらに、もう一つ。このダルシマーを驚異的な技術で演奏したパンタレオン・ヘーベストライト(1669~1750)という天才的ダルシマー奏者の存在だ。彼は、囁くようなピアニッシモから雷鳴が轟くようなフォルテッシモまで、ダルシマーの可能性を極限まで知らしめたのだという。しかし、その超絶的演奏は彼以外になし得なかった。何とかこの豊かな音色をより容易に演奏できる楽器。それを待望す風潮に鍵盤楽器製作者クリストフォリが挑んだのだ。指でコントロール出来る鍵盤楽器とすることで、その奏法の困難さをメカニズムで解決した。(民音音楽博物館「ピアノ誕生300年」参照)
 さて、いよいよ“何故1709年なのか?”だ。1711年、ヴェニスで出版された「イタリア文学(Giornale de' letterati d'Italia)」紙上に発表された記事に、1709年にクリストーフォリと会って実際に楽器を見て書いた紹介記事がある。 この中で、「彼はすでに3台の普通サイズの新しい楽器を作っていた」と書かれているそうだ。つまり、1709年の段階で既にクリストーフォリは少なくとも3台のピアノを作り上げていたというのが史実であるのに、これがなぜか誤解されて、1709年にピアノが発明された、という誤った認識が広がった。(筒井一貴氏HPより)
 開発…言うは易し…である。鍵盤からハンマーが弦を打ち、音を持続させる機構開発の経緯は筒井氏のHPに詳しい。ピアノのメカニズムに関心のある方にオススメです。
http://www.h3.dion.ne.jp/~bergheil/CristoforiSiteTop-J.html
 5月8日、上野の文化会館で催されるフェスティバルは、ソロから連弾、2台ピアノ、そして5台ピアノまでという画期的なイベントだ。ただし、ここに登場する楽器はすべて現代のグランドピアノです。
http://www.jfm.or.jp/concert/classic.htm

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