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2010年2月10日 (水)

シューマンを超えるシューマン?
プログラミングの妙に感嘆!
小林五月ピアノリサイタル(2/9)

At1070527_2  モーツァルトやシューベルトにしてもそうだが、作曲家が自ら弾いているように聞こえる、つまり過不足を全く感じさせない演奏がベストだと、常々思っているのだが、この日の小林さんの演奏を聴いて、こう思った。…人間いつも同じ情況にあるわけではない。ある時は安寧に、あるときは嬉々として、あるときは思慮深く…、さて、この日のシューマンは?
 このコンサートの予告記事に彼女のコメントを載せているので、ご覧いただきたいが、この日の公演は、休憩前と後が独立した催しで、さながら“二本立ての映画”だ。
http://musicalacarte.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-56df.html
 まず、「4つの行進曲」の2曲が鳴る。この間にシューマンの靴に履き替えてシューマンの部屋に入る。心の準備ができたところで、先ず「アラベスク」。ここでシューマンから軽いジャブでもてなされる。ほとんどシューマン・モードに入ったところで、メインディッシュの「子どもの情景」の海に泳ぎだす。すっかり子どものころのあれこれ、出会い別れ、喜びや寂しさ、憂い悲しみ戸惑いに浸っていると7曲目の「トロイメライ」が鳴りだす。全13曲、もう折り返し地点に来てしまった…。最後に行進曲の残りの2曲で我に返る。
 休憩後の「クライスレリアーナ」。この曲は、これまでどこかしっくりこない、ところどころで自分とは乖離した曲想にぶつかるのが常だった。多分、私がこんなに激しい感情に見舞われたことがないからだろうと思っていた。(ついていけない…)
100209_2  
でも、この日の演奏は、シューマンの気持ちはいざ知らず、何度か接している彼女の内面が、人体の形をした入れもののあちこちから溢れだしてくる様に圧倒されるのでした。
 この日の演奏は、まさに‘一期一会’、ここへ足を運んだ人しか出会えない。せめて、会場で配布されたプログラムの中面に、正面切ったポートレートを載せているのでお見せしよう。これまでCDもチラシのオモテも、彼女は俯いたポーズしか見せてこなかった。
 彼女の演奏を「やりすぎだ…」という評判もあるそうだが、そうした輩は、ただ単に彼女についていかれないだけだと思う。CDでは、演奏会の導入と〆に使われていた「4つの行進曲」が省略され、「アラベスク」が最後におかれている。これだけで収録時間は77分31秒。演奏会は20分の休憩を挟んでアンコール前に2時間を超えていた。
注:チラシは、右クリック、「リンクを新しいウィンドウで開く」で、拡大できます。

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