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2010年4月27日 (火)

4月のオーケストラ、天と地
ポシュナー、ジャッド、聖響

 指揮者によって同じオーケストラが良くも悪くもなる。当たり前のように、よく云われることだが、実際にこれほどの違いがあるとは思ってもいなかった。
4月の都響公演。
 11日サントリーホール公演を指揮したマーカス・ポシュナーと22日東京文化会館のジェームス・ジャッド(彼は15日公演も振っている)。
 ポシュナーの11日公演、のっけのハイドン交響曲第2番は、たわわにしなる上半身のしなやかな身振りと出てくる音が渾然一体となって、あたかも彼の体内から醸しだされる泉の如く音が湧きいでる。
 遅れてきた聴衆が可哀想。10数分のバーンスタインの小品を先に済ませて欲しかった。
 休憩後のブラームスの4番も秀演だったが、この曲の名演奏はこれまでにも経験済みだが、ハイドンの名演奏はめったに聴けない。どの曲もみな同じに聞こえてしまうことが多い。しかし、この日の第92番『オックスフォード』は、あたかも霧が晴れたような、でもただ明るいというだけではない、しなやかで且つメリハリのある響きで奏でられた。メガネの曇りを取り去ったら視界が開けたといったほうが分かりやすいだろうか。
 ハイドンで思い出すのは、かつて新日フィルと取り組んでいたゲルハルト・ボッセだ。彼は当時、「ヴァイオリニストとしてはベテランだけれど指揮者としては新米だから、これからも精進します。ハイドンはライフワークです」と謙虚に語っていた。
 今回のポシュナーは、プロフィールを見るとウイーン古典派を得意とする、“21世紀のしなやかなドイツ魂”といえるかもしれない。
http://www.pacific-concert.co.jp/CL02_2/detail.php?no=085
 22日ジェームス・ジャッドも同じ招聘事務所で、プロフィールを見ると歴戦の名手だ。
http://www.pacific-concert.co.jp/CL02_2/detail.php?no=024
 しかし、22日の公演はいただけない。モーツァルトのピアノ協17番の相沢吏江子は粒立ちのよい音色で透明感があり、指揮のジャッドと曲想を共有し彷彿とさせるものがあった。が、休憩後のエルガーは、鳴りっぱなし。フォルテとフォルテッシモしかない。しかも、トヨタの乗用車モドキ…タイムラグが頻発し、アクセルを踏んでもすぐに加速せず。オケが遅れがちになる。(ブレーキはほとんど踏まなかったので、その反応の遅れは確認できず)
 私もですが、ホール内を見渡すと、うたた寝、退屈してキョロキョロする人があちこちに。…私の右隣の紳士はエルガーの間、ずーと、プログラムのページを繰っており、左隣のご婦人は、退屈しのぎにチラシの束を選別されておりました。
 更に間の悪いことに、終演直後というより、その直前、まだ指揮棒が上がったままなのに、ブラボーの罵声。白けることこのうえない。こうした輩は、音楽を全く聞いていないで、只ひたすら演奏が終わるのを今か今かと、「ブラボー」するために、ひたすら待っている、としか思えない。
 サイモン・ラトルがウィーン・フィルを率いて来日した際に雑誌のインタビューに答えていた「指揮者の仕事…」を思い出す。
 フォルテッシモは皆が精一杯に頑張って弾けばいつでも実現できるし、その上限は自ずと決まってくる。しかし、ピアニッシモは、限りなくゼロに近づけるのだから、限界がない。このピアニッシモのでき如何で、オーケストラのダイナミックレンジが決まる。「如何に綺麗でささくれず、しなやかなピアニッシモを演ずるか。これが指揮者の仕事です」
 このラトル張りの演奏をやってのけたのが、23日横浜みなとみらいホールの金聖響/神奈川フィルのマーラー第3番だ。世界最長の交響曲と云われ、演奏時間は100分近い。楽団員が丸見えの2階席で聴いた。
 冒頭の大太鼓。バチを打つ腕が全く動いているように見えないので、どこで鳴っているのか目を凝らすほどのピアピアニッシモ。大太鼓と云えば祭囃子のようにドスンドスンと叩くものだと思ったら大間違い。耳を澄まさないと聞こえてこない微かなピアピアニッシモ。その後の管楽器もめいっぱい吹くのはほんの一瞬。7、8割は抑えて吹いている。
 フルートやオーボエとコンマスのデュオ、アルトとコンマスのデュオ。これらはピアニッシモのバックに支えられてピアノかメゾピアノで演じられる。
 フルートとオーボエの二重奏は、あたかも“フルボエ”という楽器の音色。フルートとクラリネットのデュオはさしずめ“フルリネット”?…2つの楽器がブレンドして第三の音色を奏でるのだ。これぞアンサンブルの極致!
 このマーラーの第3番は、つい3週間ほど前に、サントリーホールでインバル/都響の公演も聴いている。これまた凄い熱演だった。が、1階席だったので、管楽器など楽団の中ほどの奏者を目にすることが出来なかった。せっかくのライブ公演、やはり楽団員を見おろす2階席が好ましい。

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