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2010年6月13日 (日)

浦山純子に降臨?
ピアノ・リサイタル「心の旅への誘い」に思う

(6/11・旧奏楽堂)

 パリで優れた芸術家に囲まれ充実した生活をおくりながらも、祖国ポーランドへの望郷の思いに身を焦がしていたといわれるショパン。そうした如何ともし難い“望郷”などという体験を持たない日本人にショパンなどわかりようがない。…白状しよう。ついこの間まで、ショパンのピアノ曲は、それがバラードだろうが、スケルツォ、ノクターン、マズルカ、ポロネーズ、エチュード…どれも、皆、ショパンとしか聞こえてこない。私の体内に染み込んで来ることがない。食べたものが血となり肉となって吸収されることがないかのように。
 その私が、生誕200年記念を機にショパン漬けを決め込んだ。様々聞くことで少しずつ分かったような気になってきた。先月聞いた14歳の少女が弾くサントリーホール公演では、やはりショパンは大人の音楽だという当たり前のことを、今更ながら知ることが出来た。
 そしてつい一昨日、浦山純子さんのリサイタルで、遂に究極のショパン、これ以上望めないだろう演奏に出くわした。天に召されていたショパンが降りてきて、ピアノの前に座っている浦山さんの体内に居すわってしまった。これぞ“降臨”、そうとしか思えない出来事が起きたのだ。
 演奏会は、シューマンの「子どもの情景」で始まった。誰でも子ども心は持ち合わせているから、純粋無垢の清らかな心で奏でる演奏には誰もが共感できる。続く、柏木俊夫の「芭蕉の奥の細道による気紛れなパラフレーズ」も、芭蕉の俳句に共感できる人には通じる音楽だ。
 ことが起きたのは、休憩後のショパン。「エオリアンハープ」、「別れの曲」、「革命」と、全く曲想の異なるエチュードの3曲から始まった。それら3曲はショパンの慟哭にもきこえてきた。次の「幻想即興曲」は、それらをひとつの曲想にまとめ上げた、いわば“慟哭”の再編成。そして、その仕上げはポロネーズ「英雄」。
 ショパン弾きと云われるピアニストは多々おられよう。ワルシャワのショパン音楽院で学んだピアニストは、ほかにもおられよう。でも、この日の演奏は希有な出来事だと思う。、
 モーツァルトの音楽は彼が作曲していると云うより彼の体内から泉の如く溢れ出てくる。とても人間業とは思えないフシがあるので、芸術の神ミューズが彼に意を託した(現人神)と云われる。これはキリスト教でイエスが、神の意を人間に伝えるためにつかわされた神の子だというのに準じた譬えだ。
 この日の浦山さんは、神々しいショパンのオーラに包まれて、文字通りショパンがのり移ったようにしか見えないのだ。
 楽譜で覚えたショパンの曲を演奏しているのではなく、ショパンの身体から湧き上がった曲想がそのまま鍵盤上を行き交い、宙に舞った。
 中学の卒業式の日を思い出した。式後ホームルームで担任が訥々と語っているとき、校内放送のスピーカーから「別れの曲」が流れ、延々とリピートして鳴り続けた。寂寥感に包まれた私はひたすら落涙し続け、ハンカチがびしょぬれになった。中学という自分たちの学園、ここで過ごした学友との学園生活は消滅し、記憶の中にしか残らない。まだ教室の机の前に座っていながら、学園がどんどん遠のいていくのだった。放送はグランドまで流れ、「別れの曲」が校門を出ていく私たちを見送った。後戻りしても、もうそこに学園生活はない。ふといま思うのだが、これって、もしかして望郷なのではないだろうか?
 浦山さんの演奏は、ロンドン時代にリリースされたCDで、知ることができます。
「Piano Recital」、「Fantasie 」、「Soiree」の3枚です。

プロフィールなど詳細はHPで。http://www.junkourayama.jp/

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