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2011年2月27日 (日)

小林五月ピアノリサイタル
シューマン・チクルスVol.7

3/30(水)pm7:00
会場 東京文化会館小ホール


110330p・ノヴェレッテン作品21より
  第1曲 ヘ長調
  第4曲 ニ長調
・フモレスケ 変ロ長調 作品20
・幻想曲 ハ長調 作品17


「わたしにとって、シューマンを演奏することはある種、自分の心根をえぐり、さらけ出すことでもあります」とおっしゃる小林五月さん。彼女を聴かずしてシューマンを語るな! 彼女が弾くと“これぞシューマン!”、ときには“シューマンを超えるシューマン”にもきこえてくる。
 今回の演目についてコメントが届きました。知らない曲から始まるので、まさに渡りに船。全文お届けします。
 …佳境を迎えた「シューマンチクルスVol.7」は、まず「ノヴェレッテン」から。ノヴェレッテンとは、ドイツ語の「ノヴェレッテ(Novellette)=短篇小説」の複数形、いわゆる一話完結の小説集ですが、これといった具体的な題材は提示せず弾き手や聴き手にある程度イメージを委ねた抽象的な「音楽小説」と言えるでしょう。たとえば、今回演奏する第1曲のトリオの部分ではメンデルスゾーンの「無言歌」のような雰囲気を漂わせ、第4曲はまるで「パピヨン」や「謝肉祭」での華やかな舞踏会シーンを想起させます。
 「フモレスケ」は直訳すると「ユーモアをもつ曲」ということですが、この言葉が無ければドイツロマン派の神髄は語れないといってもいいくらいシューマンの代表的な作品です。彼がクララへ宛てた手紙に「ドイツの国民性に深く根ざした固有の性格。フモールについての概念は情緒と機知が幸せに溶融したもの」と書かれてあるように、フモレスケとは単なるユーモアでなく、喜びと悲しみ、涙と笑いといった様々な感情が微妙に揺れ動くドイツ人特有の性格を表した言葉です。
 6曲から成るこの作品で興味深いのは、「おわりに」とタイトルが付けられた終曲の前のみ《終止線》が引かれ、それ以外の曲間は全て《複縦線》で記されています。つまりこれは、この作品全体に連続性を持たせると同時に、「喜び(変ロ長調)」と「悲しみ(ト短調)」の各曲の間を微妙に揺れ動きながらも一つの目標に向かって変容・進展させていく作曲者の強い意志をも感じさせます。そして、2曲目に表れる三段譜として記された「内なる声」こそが、この作品全体に潜まれたキーワードとなっています。
  「幻想曲」はまさに、クララとの結婚が成就するよう切なる祈りを天上のベートーヴェンに捧げた作品です。その理由としてまず挙げるべき点は、この作品がハ長調という調性で書かれてあること。つまりハ長調は五度圏の真ん中であり、始めであり終わり(目標)であり、色彩を持たない純粋純潔なる調であることが天上に捧げている証(あかし)です。また、1楽章展開部ではベートーヴェンの第5シンフォニー「運命」や「ピアノソナタ op.111」と同じハ短調を用いることにより、ハ長調と相対立した存 在として打ち出していること。そして、コーダでのベートーヴェンの「遥かな恋人に」の第6曲冒頭の旋律「受けたまえこの歌を」の引用により、この作品がクララとベートーヴェンに捧げた曲であることが明白になります。
 続く2楽章はベートーヴェンの第3シンフォニー「英雄」と同じ変ホ長調で書かれてあり、ベートーヴェンに敬意を払いつつ、若き英雄の力を借り堂々と歩んでいくフロレスタンとオイゼビウス(シューマンの分身)の姿が見えます。
 そして3楽章では礼拝堂の十字架の前で膝まづいているシューマンが…。終結部コーダでそれまでの祈りが報いられ、天上の扉が開き、風がそよぎ、シューマンの足下に救いの光が射し込み、ピリオドでのアーメン終止でクララとの結婚がやっと成就します。このアーメン終止、演奏するたびに感極まり(不覚にも!笑)涙腺が緩んでしまうのです…。
 プロフィールなど詳細は、彼女の公式サイトで、
http://www7b.biglobe.ne.jp/satsuki-klavier/
 申込みは、以下のHPから。
http://www.millionconcert.co.jp/monthly2.html#_3
注:チラシは、右クリック、「リンクを新しいウィンドウで開く」で、拡大できます。

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