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2012年5月28日 (月)

畑中良輔さんの訃報
朝日新聞5月24日夕刊
5月28日朝刊
20120528_4

 朝日新聞に載った第一報は、亡くなられた日の夕刊だった。「音楽評論家 畑中良輔さん死去」の2段見出し、本文32行。凄い経歴が列記されているだけだった。機知に富んだ若い心をお持ちのまま生きてこられた素敵な大先輩なのに、32行からはその片鱗も伝わってこない。これだけで終わってしまうことはないだろうと待っていたら、今朝の文化欄に「芸術の森 楽しげに放浪」と題して、吉田純子女史の追悼の意が載った。秀逸な寄稿なので是非お読みください。この朝刊には吉田秀和の訃報と「評伝」も載っていて、彼女は大忙しだ。
(…吉田秀和については、LPレコード時代、彼の評を信じて痛い目に遭っているので、こちらも素晴らしい偉人ですが、わだかまりは溶けていません)
 畑中さんに初めてご挨拶したのはちょうど10年前だった。オペラシティの2階最前列で、でかい双眼鏡を両手で手すりにのせて歌手の表情をドアップでご覧になっている姿をよく拝見した。休憩中に2階でコーヒーをお飲みになるのだが、連れが誰もいない。で、ご挨拶した。ちょうど『音楽現代』に「“Music a la Carte-現代に蘇るクラシック音楽”と題して1頁コラムを寄稿していた頃だったので、ご覧になっているか伺った。「毎日いろんなものが届くから、とても見てられないよ」
 で、1頁コラムの拡大コピー(B5判→A4判)を毎号自宅にお送りすることにした。その後お会いすると…「もんちゃんのアラカルト、見てるよ」 気さくに応対してくれるので、私より20年以上も年配だが、ついそのことを忘れてしまう。
 日本の歌をもっと知ってもらおうという「友・音楽工房」(堀内美也子主宰)のシリーズには、車椅子で司会者として出演していたが、次回から畑中良輔ご本人のシリーズが始まるとあって一昨年の秋に、“Music a la Carte”ネット配信の取材でご自宅へ出向いた。戦前からの歌の系譜を伺っていると歴史上の出来事に思えるのだが、「それ僕が初演したんだよ」「それは僕のために作曲してくれた曲なんだよ」が頻発する。
「それにしても君、常識ないね~」
「うっ!…こうした世代の者が聴きに来てくれたら良いと思いませんか…」と、辛うじて切り返した。
 と、突然、「君、僕の催しなど、どうでも良いから、来年1月のマスカーニのオペラ『イリス』。池袋の芸劇で3年振りに再演されるから、是非こっちを紹介してよ」…突然、東京芸術劇場の運営委員であることを思い出してその責任の端を…ということだろう、公演担当者に電話。会議中だと聞くと「畑中から電話だ!」と会議の席から呼び出してしまった。思い立ったら全力で事に当たる、純粋無垢、“天然”の巨人だった。
 やはり、10年ほど前、紀尾井ホールの“グレート・アーティスト”では、「藝大の学生のころ憧れのマドンナだった先輩と、僕は今日、念願かなって初めて同じ舞台に立つのです」と、目に涙を浮かべておられたことを昨日のことのように思い出す。
 そして、彼が綴った「シュワルツコップさんを悼む」(朝日2006.8.9)は私の宝物だ。
注:写真は、右クリック、「リンクを新しいウィンドウで開く」で、拡大できます。

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